パターン化しているもの、ありますよね。

皆さんそれぞれ、自分の中で「決まっている」事があるかと思います。
「コーヒーはブラック」とか「ビールは生から」といったような事柄から、スーパーでお買い物をする時の順番(○○を見てからレジに行く、など)など、長年の行動の中から定番化されている物もあるかと思います。

考え方なども、定番化されている物があります。私たちが育ってきた国や地域や家庭の中で、それぞれ違いはあるかと思いますが、そうしていくことで上手く回ってきたので、それが定着していった、というのが、定番化する理由だと思います。
定番化しすぎると、それ以外の選択が思い浮かばなくなりがちです。世界中の人たちがそうしているとでも言わんばかりに「○○って言ったら××するに決まってるでしょっ。」っと怒っている上司や親御さんを、たびたび見かけます。

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「当たり前」は自分基準です

「『お買い物行くよ』って言ってるんだから、支度するのが当たり前でしょ。」それをしない子供たちを見るとイライラする、と2児の母である妹は言います。お買い物のためにお出かけするのですから、そのための支度(上着を着るなど)をするのは当然です。私達兄弟も、子どもの頃は母からそのように叱られてきました。
しかしまたあえて「当たり前なの?」と聞いてみました。「だって子供達だけ置いて買い物行けないでしょ」「連れてかなきゃいけないに決まってる」との妹の答えは、子育て中の母親としては一般的に思えます。しかし、当の子供たちの中では「お買い物に行く」と「支度をする」がイコールになっていません。「お買い物に行くから、上着着てね。」なら良いのでは、という私に「同じじゃない?」という妹。同じでしょうか?「例えば入社間もない会社で、『会議』だけ言われたら何したらいいかわかる?資料の用意できてないとかお茶でてないとか怒られたら自分の落ち度だと認められる?」と聞くと「『会議』だから何なのか言ってくれない上司が悪いでしょ。」と言ってからハッとした顔で「私その上司~?」と崩れ落ちるかのように言いました。

子育てにおいても「コレが正解」は1つではないでしょう。家庭ごとに、また子供たちの成長の具合、年齢によっても変わってくるところだと思います。「○○って言ってるんだから××するに決まってる」という定番化でストレスを感じるとしたら、その当たり前すぎる定番こそ見直してみるときなのかもしれません。何が大事かは人それぞれです。

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