あなたはどんな人ですか?

ご自分のことを客観的に知る手段の一つが手相です」とたびたびこちらのブログでもお話しさせていただいています。
「そんなこと言われなくても、自分の事は自分が一番知っている」という方もいらっしゃいますが、ポイントは自分目線ではなく「客観的に自分を見ているかどうか」です。

自分のことは、当たり前すぎて周りから見れば「スゴイ!」と思われるようなことも特に何とも思わなかったり、周りから「大丈夫?」と思われるようなことも「たいしたことはない」と問題視していないこともあります。
他人から言われると、良いことも悪いこともどちらもあまり認めたくない、という方もいらっしゃいますね。日本では我慢することが「美徳」とされる風潮があるせいか、辛い事、大変な事を抱えて耐えている状況を、「誇っている」方もいらっしゃいますが、やはり程度があると思いますから、客観的にどう見えているかを知ることは大事です。

霧もいつかは晴れます。

霧もいつかは晴れます。

客観的って?

「客観的にって言うけど、そんなに他人の目ばかり気にしていられない」という方もいらっしゃいます。「客観的」と「他人の目」はイコールではありません。「他人様に迷惑を掛けない・掛けたくない」という主義主張の方も珍しくはありませんが、これは「他人の目」線からの主義主張と言えると思います。
「客観的」とは「特定の個人的主観の考えや評価から独立して、普遍性を持っていること」と広辞苑にあります。「普遍性」は「①すべてのものに通ずる性質。②すべての場合にあてはまる可能性。一般性。」(広辞苑 第六版より)です。ここに他人の目は必要ないことが分かると思います。

客観的に自分を知る」という事は、「特定の個人的主観の考えや評価から独立し、普遍性をもって、自分を知る」ということです。自分や尊敬する人物、有名人、著名人、見返してやりたい人物などの評価(良い評価も悪い評価も)やその人の主義主張を離れて、自分がどんな人であるかを知る、ということです。

「自然に癒される」のは自然はあなたを「こういう人」と評価しないからです。

「自然に癒される」のは自然はあなたを「こういう人」と評価しないからです。

あなたはどんな人でしたか?

私達は、思っている以上に人からの評価で生きています。「明るいね」と言われたらいつも明るくいなくては、と思ったり、「冷たい」と言われると(そんな話が耳に入ると)優しくしてはいけないような気がしたりします。ある意味でいつも期待に応えようとしているのですね。それで上手く行っているように見えても、思いもよらない評価を受けてどうしていいのか分からなくなったりしてしまいます。

人からの評価に振り回されないようになるには、「客観的に自分を知る」ことです。

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